痛い日々

今週は、まったくもってhorribleだった。先週末に友人に会いにボストンに行って、日曜に帰ってきて月曜に試験、水曜にレポート期限と、もともと結構詰まったスケジュールになってはいたのだが、そこに悲劇が...。


月曜:家の近所で買ってきた豆のチリスープ・ライスがけを昼に食べながら試験勉強をしていると、何やら猛烈にむかむかと込み上げてくるものが。なんだか、胃が、食べたものを一生懸命押し戻そうとしているようだった。なんだろう、食べ過ぎたかなーと思っていると、強烈な下痢、続いて嘔吐。もはやトイレから離れられない。しかし試験の時間は迫るので、悲壮な面持ちで学校へ向かう。1時間半の試験を40分で終わらせ、学校のトイレに駆け込んで再度吐く。発熱と寒気を伴ってきて、事態はどんどん悪化。家に帰り着いた頃には、もはや水を飲んでも吐くといった状態。


もはや吐けるものは出しきった(すみません...)ところで、ようやく少しだけ落ち着いて、これは食中毒だと確信。ボストンで一緒に食事をした友人が心配になって連絡してみるも、大丈夫とのことなので、どうも昼の豆スープが悪くなっていたらしい。友人の母によれば、豆は当たると怖いんだとか。その夜は、ベッドに横たわって、うめきもだえる以外に術がなかった。


火曜:下痢と嘔吐はややおさまったものの、体中が衰弱し、食べると吐き気に襲われて、まだ何も食べられない。で、何も食べてないので、貧血になるのか、立ち上がると頭が潰されるように痛い。しかし、明日提出のレポートを書かないといけないため、ソファにへばりつきながら、全く集中できない頭でひーひーと書く。拷問に近い。夜、友人が買ってきてくれたポカリスウェットやらお粥やら雑炊やらを食べて、ようやく徐々に復活の兆し。


水曜:ほぼ徹夜でレポートを書き上げて、ふらふらと授業へ。食中毒のほうはかなり回復したが、この日になって腰痛が激しく悪化。もともと寝違えたのかなんなのか前から痛いなとは思っていたものの、今や、腰もかがめられない状態に。おばあさんだね...。さらには、試験とレポートを乗り切って、ようやく安堵して寝ようとしたところで、今度は歯(というか歯ぐき)が猛烈に痛くなってきた。おおい、私の体はどうなっているんだ。明日はインターン初日だっていうのに!*1


どうやら、働いていた頃から、私の体は寝不足と疲労が過度に溜まると、最終的な痛みは歯に向かうらしい。歯ぐきが過敏になって炎症を起こし、噛むと痛みが走るのに加えて、ずっとしくしく痛む。昔いろいろ試したけど、やっかいなことにこれに効く薬がない。働いていた頃は、寝るときぐらい、歯を噛み締める圧迫から休ませるようにと医者に言われてマウスピースをして寝ていた時期もあった。で、このマウスピースを持ってきたはずなので探したのだけど、留学してからお世話になることなんて皆無だったため、見つからない。


木曜:結局、歯の痛みで昨日は満足に寝れず、連日の寝不足でぼーっとした頭でインターン初出勤。机をもらってパソコンのセットアップをしたり、ロンドンとのteleconferenceをしつつインターンでの仕事内容のブリーフを受け、他の部署の関係するスタッフとワーキングランチをしたり。仕事自体はおもしろそうなんだけど、いかんせん、今日は疲れと眠気と歯痛でなんともままならない。ワーキングランチは、ものを食べることによる強烈な歯の痛みを隠すのに必死。


その後、国連フォーラムの勉強会に出たあと、ふらふらと家に帰ると、なにやら2つ走っているグループプロジェクトで急ぎのメールがいっぱい。UBSではウェブメイルへのアクセスが制限されているので、勤務中にメールを見れないのだが、その間にいろいろストレスフルなことになっていた。最後の力を振り絞って対応するも、もう体力と精神力はかなり限界。


金曜:それでも朝9時からの授業とグループミーティングへ。相変わらず腰も歯も痛くてものも満足に食べられないが、今日さえ乗り切れば寝れるという希望だけを胸に、なんとか授業を乗り越えて、ようやく今、ベッドの上からこれを書いているわけです。ああ、やっと寝れる...。我ながら、よく頑張ったよ、うん...。


そんなこんなで、○痛、と呼べるものはほぼ制覇した一週間でした。先月末から怒涛のスケジュールを走り続けて、だいぶガタが来ているのでしょう。それにしても、この一件で判明したことは、アメリカでは、結構皆普通に食中毒の被害に逢っているということ。しかももうこんなに寒いのに。まじ、勘弁してくれー。こないだは、蛇口をひねったらまっ茶色な水がどどどっーと出てきたし、やっぱりこの国は途上国だと思ってかからないといけないのだ、ということを改めて悟ったのでした。


あと、ポカリ重要。まじ命の水。友人に感謝。

*1:supervisorと相談の結果、開始時期を一週間ずらすことになったのです。